ベトナムコーヒーで歯が着色するのはなぜ?ポリフェノールとペリクルから見るステインの仕組み
ベトナムで生活していると、毎日のようにコーヒーを飲む方も多いのではないでしょうか。
「ベトナムに来てから歯の着色が気になるようになった」
「毎日コーヒーを飲んでいると、歯が黄色くなるのは仕方がないのでしょうか?」
ありが歯科での診療でも、このような相談を受けることがあります。
コーヒーによる歯の着色というと、黒や茶色の色素が単純に歯の表面へ付着しているイメージを持つかもしれません。
しかし、実際のステイン形成はもう少し複雑です。
歯の表面には唾液由来のタンパク質を中心として形成される**「獲得被膜(acquired enamel pellicle:ペリクル)」**が存在します。
そして、コーヒーに含まれるポリフェノールなどの成分と、このペリクルを構成する唾液タンパク質との相互作用が、歯の着色に関係していると考えられています。(PubMed Central (PMC))

歯の表面は「むき出しのエナメル質」ではありません
歯磨きをして歯の表面をきれいにした直後でも、エナメル質が長時間そのまま露出しているわけではありません。
唾液中のタンパク質や糖タンパク質などが速やかに歯面へ吸着し、非常に薄い膜を形成します。
これがペリクルです。
ペリクルの形成は数秒程度から始まり、その後、タンパク質同士の相互作用などによって成熟していきます。
代表的な構成成分として、
プロリンリッチプロテイン(PRP)
スタテリン
ヒスタチン
α-アミラーゼ
などの唾液タンパク質が知られています。(PubMed Central (PMC))
ペリクルは決して「歯の汚れ」ではありません。
酸から歯面を保護したり、カルシウムやリン酸の恒常性に関与したりするなど、歯を守る重要な役割があります。(PubMed Central (PMC))
一方で、このペリクルが飲食物に含まれる成分の吸着場所にもなることが、着色を考えるうえで重要です。
コーヒーにはクロロゲン酸などのポリフェノールが含まれる
コーヒーにはさまざまな化学成分が含まれています。
その中で歯の着色との関連が研究されているものの一つが、**クロロゲン酸(chlorogenic acids:CGAs)**です。
クロロゲン酸はコーヒーを代表するポリフェノールの一群です。
2024年に『Acta Odontologica Scandinavica』に掲載された研究では、複数種類のコーヒーについてクロロゲン酸含有量と歯の変色を調べています。
その結果、コーヒーへの曝露時間とコーヒーの種類の双方が変色に影響し、さらにクロロゲン酸量が多いほど変色量が大きくなる正の相関が認められました。
ただし、これはウシ歯試料をコーヒーへ浸漬した実験研究であり、人が通常コーヒーを飲む状況とそのまま同一視することはできません。(PubMed)
また、コーヒーの色にはクロロゲン酸だけでなく、焙煎過程で生成される褐色高分子である**メラノイジン(melanoidins)**なども関係します。
つまり「コーヒーのステイン=一つの色素が歯にくっつく」という単純な現象ではありません。
ポリフェノールと唾液タンパク質はなぜ結合するのか
ここからがステイン形成の興味深い部分です。
植物由来のポリフェノールは、唾液中のタンパク質と相互作用する性質を持っています。
特に研究されているのが**PRP(proline-rich proteins:プロリンリッチプロテイン)**です。
ポリフェノールとタンパク質との相互作用には、
水素結合
疎水性相互作用
ファンデルワールス力
など、複数の分子間相互作用が関係すると考えられています。(PubMed Central (PMC))
ワインや紅茶由来のポリフェノールを調べた研究では、PRPなど一部の唾液タンパク質が存在することで、ポリフェノールのハイドロキシアパタイトへの結合が増加することが示されています。(PubMed)
さらに植物ポリフェノールはペリクルタンパク質と相互作用し、タンパク質の架橋や凝集を促すことで、ペリクルの構造や厚みに影響する可能性があります。(PubMed Central (PMC))
この性質は、ワインを飲んだときに感じる「渋み」とも関連するポリフェノール―唾液タンパク質相互作用の一つです。
コーヒーでも同じことが起きているのでしょうか?
最近、コーヒーについてもさらに踏み込んだ研究が出ています。
2026年の『Journal of Oral Biology and Craniofacial Research』に掲載された研究では、コーヒーに関連するクロロゲン酸と、ペリクル形成に関与する
PRP
ヒスタチン
スタテリン
との分子相互作用が解析されました。
分子ドッキング解析では、クロロゲン酸がこれらの唾液タンパク質に対して結合親和性を示し、水素結合などによって安定化される可能性が示されています。
さらに、実際の歯をコーヒー溶液へ浸漬した実験でも、明度低下や赤色・黄色方向への色調変化が確認されました。(PubMed Central (PMC))
ただし、この研究には重要な注意点があります。
分子ドッキングや長時間の浸漬実験はメカニズムを理解するためのモデルであり、
「人がベトナムコーヒーを1杯飲んだら、この反応がこの量だけ起きる」
ことを直接証明した臨床試験ではありません。
現在のエビデンスからは、コーヒー由来成分と唾液タンパク質・ペリクルとの相互作用が着色形成に関与する可能性を支持する研究が蓄積している、と表現するのが適切でしょう。
ステイン形成を簡単にすると「歯→ペリクル→色素」の順番
生化学的な話を簡単に整理すると、
エナメル質
↓
唾液タンパク質が吸着
↓
ペリクル形成
↓
コーヒーを飲む
↓
クロロゲン酸などのポリフェノールや着色成分が接触
↓
ペリクル中のタンパク質と相互作用
↓
着色成分が歯面に保持される
↓
繰り返すことでステインが目立つ
というイメージです。
そのため、コーヒーによる着色は単に「茶色い液体が歯に染み込む」だけでは説明できません。
唾液が作る生体膜と飲食物由来成分との化学的な相互作用として考えると理解しやすくなります。
なぜ毎日飲むと着色しやすいのか
着色を考えるうえでは、コーヒーの濃さだけではなく接触回数と接触時間も重要です。
実験研究では、コーヒーへの曝露時間が長いほど歯の変色が増えることが報告されています。(PubMed)
したがって、
朝に1杯飲む人と、
仕事をしながら数時間かけて少しずつコーヒーを飲み続ける人では、
後者の方が歯とコーヒーが接触する機会は多くなります。
「濃いコーヒーだから着色する」と一つの要素だけで考えるのではなく、濃度・種類・飲む頻度・接触時間・唾液・歯面の状態・口腔清掃などが複合的に関係すると考えた方がよいでしょう。
ベトナムコーヒーは普通のコーヒーより着色しやすい?
ここは慎重に考える必要があります。
ベトナムコーヒーは濃く抽出されることが多いため、「普通のコーヒーより必ず歯が着色する」と考えたくなります。
しかし、ベトナムコーヒーそのものと他国のコーヒーを比較し、歯の着色量を臨床的に証明した十分な研究があるわけではありません。
コーヒーの種類によって着色能が異なることや、クロロゲン酸量と変色との関連は実験的に報告されています。(PubMed)
したがって現時点では、
「ベトナムコーヒーだから特別に着色する」と断定するより、濃いコーヒーを頻繁に長時間飲む習慣がある場合にはステインが蓄積しやすくなる可能性がある
と考える方が科学的です。
コーヒーをやめずにステインを防ぐには?
コーヒー好きの方に「飲まないでください」というのは現実的ではありません。
そこで重要なのが、歯とコーヒーとの接触を必要以上に長くしないことです。
例えば、コーヒーを飲んだ後に水を飲んだり、水で口をすすいだりする方法があります。
これはホワイトニングではありませんが、口腔内に残っているコーヒー成分を希釈・排出するという意味では合理的です。
また、一杯のコーヒーを何時間もかけて少量ずつ飲み続けるより、飲む時間をある程度まとめた方が、歯がコーヒーに曝露される時間を減らせます。
ただし、「水を飲めばステインが何%減少する」といった臨床的効果まで確立されているわけではありません。
防止策については、エビデンスの強さを区別して考える必要があります。
強く磨けばステインが落ちるわけではありません
コーヒーをよく飲む方が注意したいのが、
「着色が気になるから研磨剤入りの歯磨き粉で強く磨く」
という方法です。
表面的なステインは歯磨剤や歯面清掃である程度除去できる場合がありますが、力を入れて磨けばよいわけではありません。
過度なブラッシングは歯面や歯肉への負担になる可能性があります。
着色が目立つ場合には、歯科医院で歯面の状態を確認し、必要に応じて専門的なクリーニングを受ける方法があります。
「クリーニング」と「ホワイトニング」は目的が違います
コーヒーによる歯の着色を考えるとき、この違いは非常に重要です。
クリーニングは、歯の表面に付着したステインやプラーク、歯石などを除去し、本来の歯の色へ近づける処置です。
一方、ホワイトニングは過酸化水素などの薬剤を使用して、天然歯自体の色調を明るくする処置です。
したがって、
コーヒーによる表面的な着色
→ まずクリーニング
クリーニング後も歯そのものの黄ばみが気になる
→ ホワイトニングを検討
という順番で考えると分かりやすいでしょう。
ペリクルは「悪者」ではありません
ここはこの記事で最も大切な点です。
ペリクルがステイン形成に関係するからといって、
「ペリクルをなくせば歯が着色しない」
という話ではありません。
ペリクルには歯面を酸から保護する重要な作用があります。
さらに興味深いことに、植物ポリフェノールとの相互作用によってペリクルが厚く、密になることで、酸によるエナメル質侵食に対する防御作用が高まる可能性も研究されています。(PubMed Central (PMC))
つまり、
ポリフェノール+ペリクル=悪いもの
ではありません。
生体にとって有用な保護膜が、同時に外来性色素の足場にもなり得るということです。
これが、歯のステインを生化学的に見ると興味深いところです。
まとめ:コーヒーの着色は「色素が歯に付くだけ」ではない
コーヒーによる歯の着色は、単純に茶色い飲み物の色がエナメル質へ染み込むだけの現象ではありません。
歯の表面には唾液タンパク質から形成されるペリクルが存在し、そこへコーヒー由来のポリフェノールや色素成分が接触します。
クロロゲン酸などのポリフェノールはPRP、ヒスタチン、スタテリンなどの唾液タンパク質と相互作用する可能性があり、こうした**「歯面―ペリクル―コーヒー成分」間の複雑な相互作用**がステイン形成に関係すると考えられています。(PubMed Central (PMC))
ベトナムでコーヒーを楽しむこと自体を避ける必要はありません。
コーヒーを長時間口の中に滞留させない、飲んだ後に水を飲む、毎日の適切なブラッシングを続ける、そして蓄積したステインは必要に応じて歯科医院でクリーニングする。
コーヒーを楽しみながら歯の色を維持するには、こうした現実的な方法を組み合わせることが大切です。
参考文献
- Kim S, Chung SH, Kim RJY, Park YS. Investigating the role of chlorogenic acids and coffee type in coffee-induced teeth discoloration. Acta Odontol Scand. 2024;82(1):1-8. doi:10.1080/00016357.2023.2245880. (PubMed)
- Utami TW, et al. Evaluation of chlorogenic acids and melanoidin interactions with salivary proteins and their effect on tooth discoloration. J Oral Biol Craniofac Res. 2026;16(1):93-100. doi:10.1016/j.jobcr.2025.11.006. (ScienceDirect)
- Hannig C, et al. Preventive Applications of Polyphenols in Dentistry—A Review. Int J Mol Sci. 2021;22(9):4892. ペリクル形成、ポリフェノールと唾液タンパク質の相互作用についての総説。 (PubMed Central (PMC))
- Salivary proteins interact with dietary constituents to modulate tooth staining. 唾液タンパク質、特にPRPが一部の食物由来ポリフェノールのハイドロキシアパタイトへの結合を増加させることを報告。 (PubMed)
- Influence of periodic polyphenol treatment on the anti-erosive potential of the acquired enamel pellicle—A qualitative exploratory study. ポリフェノールによるペリクルの厚み・密度と耐酸性の変化を検討。 (ScienceDirect)
執筆・監修歯科医 ありが歯科院長 有賀智哉
日本人歯科医師として、ホーチミン旧1区にて日本品質の歯科治療を提供。
一般歯科・小児矯正・インプラント・ホワイトニングまで幅広く対応しています。
日本語対応で安心してご相談いただけます。
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